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2003年9月19日
民主党がマニフェストの草案を発表しました。 次の衆議院選挙は、政策で、皆様に政権を選んでいただく 初めての選挙となります。 ぜひご覧になって、ご意見をたまわりますよう、お願い致します。

2003年9月15日
メルマガ187号で申しました通り、小泉再選が決まったようです。また、解散・総選挙も、10月10日解散・11月9日総選挙という日程になるようです。私もこれから、選挙の準備を加速します。

2003年9月1日
埼玉県知事選挙で、上田清司さんが当選されました。私も8月14日の出陣式に駆けつけ、応援していました。とても嬉しいです。上田さんが国政から抜けられたのは残念ですが、改革の政治家が必要なのは、地方も同じです。私自身、国会議員として国政でもっと頑張って行かねばならないという思いをより強くしました。
民主党ウェブサイト・ニューストピックス

2003年7月16日
7月13日、民主党奈良県連の大会がありました。前田武志会長辞任の後を受け、私が新会長に就任することになりました。未だ早いと固辞していたのですが、県会議員5人の要請もあり最終的には引き受けました。引き受けたからには、前面に出て、「若さと改革の党」をアピールし、政権交代を訴えてまいります。

2003年7月1日
先週から、イラク復興支援法案(イラク新法)の審議が始まりました。民主党でも法案対応のため議論がなされています。私は、復興協力はすべきとしても、自衛隊派遣には反対です。有事法制やPKOとは質的に違うのです。自衛隊を海外に出すことに、国全体が鈍感になっているのではないかと危惧しています。

2003年6月19日
与党が、40日間の国会延長を決めました。本来、会期延長は、緊急事態が起こった時に対応するためのものであり、数日に限ると想定されています。にもかかわらず与党が強行するのは、イラク新法がらみの政局があるからです。あらためて、会期制の意義が問われています。

2003年6月10日
アエラ(週刊誌・朝日新聞社)の今週号に、「20、30代国会議員調査にみる日本が「ネオコン」化する」という表題の記事が載っていました。「自分が答えたアンケートがこのように使われるのか」と、あらためてマスコミの持つ世論誘導力を実感しました。
皆様ご自身で判断・評価していただくため、答えたアンケートをPDF化して、公開させていただきます。

こちらから(PDFファイル84.5KB)

2003年5月28日
経済問題や外交問題に隠れていてあまり報道されていませんが、衆議院の法務委員会では、このところ集中して、司法制度改革に関係する法案と、名古屋刑務所問題をはじめとする矯正行政の審議がなされています。法務部門は、近代国家の根幹に関わる部分であるにも関わらず、世の中の関心はとても低い。残念なことです。

2003年5月23日
5月21日(水)衆議院の政治倫理審査会が行われました。私は、この政倫審の「幹事」という役回りでした。
NHKによるテレビ中継が実現できなかったなど、野党の幹事としては私自身の力不足を感じる結果となりましたが、永田議員による質疑自体は、松浪健四郎議員の疑惑をさらに明らかにしたという点で、野党の役割は果たせたと感じています。

2003年4月25日
個人情報保護法案が、本日、衆議院の個人情報特別委員会を通過しました。
私たち野党は対案を提出して審議に臨んでいたのですが、与党に押し切られてしまいました。非常に残念です。
まだまだ問題点は山積みです。これからもきちんと見ていく必要があります。

2003年3月18日
ブッシュ大統領がイラクに最後通告をしました。
小泉首相は、新たな決議無しに武力行使をすることを支持しました。
国際法を守らず行動するアメリカに、盲目的に追従する日本。そこには、21世紀を戦争の世紀にしないために何ができるのかという視点はありません。一方、この問題で、国内の重大な問題がかき消されています。外交問題に対しては、野党は世論の助けなくては無力です。「政治家なんてみんな同じ」という厳しい声の中、今日も訴えを続けています。

民主党菅代表談話「イラク問題の平和的解決を求める」

2003年2月24日
先週の予算委員会の集中審議では、 政治とカネの問題をめぐっては、農水大臣と金融大臣、名古屋刑務所事件の問題をめぐっては、法務大臣の無責任ぶりが明らかになりました。小泉政権は、改革の言葉だけで、実行の意欲も責任感も感じられません。民主党の議員の「未来への責任」を実感しています。

2003年2月10日
通常国会がはじまり、我が民主党の菅直人代表と小泉総理の直接対決が2度ありました。予算委員会の現場で私が感じたのは、小泉総理はまるっきり自民党そのものになってしまったということでした。
「変節した小泉さんに協力することはできない」と菅代表は述べました。小泉政権は、自民党総裁による自民党のための自民党政治です。 私たち民主党の責務がますます大きくなったと感じています。

2003年1月20日
第156回通常国会が始まりました。私は予算委員・法務委員として難題山積の国政にとりくむことになります。

2002年12月27日
長い一年が終わり、新しい年がはじまります。 おそらく、2003年は、衆議院選挙がある年になりそうです。 日本が、世界の中で埋没していきつつある今日、 政治の役割がますます大きくなります。 地域の皆様に思いが届くよう、さらに頑張ります。

2002年12月3日
12月3日10時からの民主党常任幹事会で、鳩山代表が辞意を表明されました。これから、国会会期末の13日に向けて、新体制を作っていくことになります。体制の建て直しに向けて、私も頑張ります。

2002年11月19日
先週末、インドに行ってきました。日本とインドの民間外交をしている「インドセンター」の所長さんの結婚式に出席するためです。飛行機に乗りながら、愛国心とは何なのかという梅原猛さんの新聞記事を読みながら、政治家のあるべき姿を考えていました。

2002年10月21日
先週末の金曜日から、155回臨時国会がはじまりました。民主党としても、新体制の真価が問われる国会です。私も、総務局次長や国民運動委員会・男女共同参画委員会の委員として、党内の改革にも取り組んでいこうと考えています。

2002年10月7日
代表選挙が終わり、やっと、党の人事も決まりました。私は、国民運動委員会と男女共同参画委員会で党務を担当することになりました。自分も頑張りますが、全国の新人の応援にまわるつもりです。

2002年9月24日
民主党代表選挙は、残念な結果になってしまいました。野田さんの人柄や政治姿勢をもう少し多くの人に知ってもらえたなら・・・、と自分の力不足を実感しています。

2002年9月3日
民主党代表選挙、若手候補者が一本化しました。推薦議員の数:世論調査の結果=50:50でポイント制にして、結果、野田佳彦(のだ・よしひこ)さんが、選ばれました。国民の皆さんに広く知っていただけるように頑張ろうと思います。

2002年8月26日
民主党代表選挙、若手候補の一本化が大詰めになってきました。
若手が一本化しなければ、勝つ見こみが少なくなる以上、最終盤まで、努力したいと思っています。

2002年8月16日
民主党の代表選挙が近づいてきました。若手候補者の一本化に努めていますが、私自身は、野田佳彦(のだ・よしひこ)さんを応援することにいたしました。メールマガジンの152号でも書いたのですが、今の民主党に必要なリーダーは、こういう人だと思ったのです。野田さんのメッセージは、http://www.nodayoshi.gr.jp/hatugen/inpages/Speech.html
から、ご覧になれます。皆さんのご意見をお待ちしています。

2002年8月2日
通常国会が終わりました。スキャンダルに明け暮れ、自民党の構造的問題は、誰の目から見ても明白になりました。しかし、民主党の方も、政権交代の受け皿たりうるのか、未だ国民から不安の目が向けられています。そういう意味で、9月の民主党代表選挙が重要です。私は、若手の一本化を目指して、引き続き努力してまいります。

2002年7月22日
民主党の代表選挙のことが、マスコミでよく報道されるようになりました。現在の民主党の問題は、マネジメントができていないことですので、代表選挙を機に、この問題を解決しないといけないと思っています。

2002年7月10日
7月9日(火)、郵政関係4法案が、衆議院で採決されました。立憲民主主義における、信書の送達の重要性について議論できたので、私としては、満足のできる審議でした。

2002年6月28日
6月27日に、信書便法について、2回目の質問をしました。小泉政権が「重要法案」と位置づけているにもかかわらず、重要なことは全て官僚の裁量にゆだねている法案であり、大臣・副大臣の答弁も、政治家としての責任をとる気迫が感じられない曖昧なものでした。与党の政治家の言葉が、どんどん軽くなってしまっています。

2002年6月19日
会期末6月19日、その日に、会期延長の手続きをすると同時に、鈴木宗男議員の逮捕許諾請求決議をするという今回の通常国会。「宗男国会」というべき今国会を象徴しています。利権と政治家との関係を絶つには、選挙しかないと実感しています。

2002年6月13日
郵政関係4法案の審議で、小泉総理が総務委員会に出席しました。総理大臣が常任委員会で答弁をするということは、珍しいことです。総理は、以前、本会議場で、「公社化は、民営化の一里塚だ」と言っていました。しかし、それは、政治家としての信条を述べたものだと修正しました。
総理大臣の言葉が、どんどん軽くなってしまっています。

2002年6月5日
今週から、郵政関係4法案の審議がはじまりました。
私も、木曜日に質問をすることになりました。内容があまりにも不十分な法案なので、与党・自民党の多くの議員が反対しているような法案であり、今の政治の異常な状況を象徴しています。この法案に限らず、小泉政権の出してくる法案は、即席で作った手抜き料理のようなものが多いです。
小泉さんの焦りを感じます。

2002年5月28日
5月28日に、心神喪失者等医療・観察法案について、衆議院本会議場で、代表質問をしました。政府案では、池田小学校事件の再発防止には役に立たないのではないか、と、質問をしたのに対し、政府は答えませんでした。
政府の方針は、いいかげんなものなので、怒りを覚えています。

詳しくは、メルマガ147号をご覧ください。

2002年5月14日
民主党では、次期衆院候補の公募をしました。現在は書類選考が済み、次に面接による選考になります。私も選考委員の一人なので、どういう人がやってくるのか、楽しみにしています。

2002年5月7日
インドから無事に帰ってきました。
ただ、食物アレルギーと疲労が原因で、急性胃炎になり、2日間インドの病院に入院していました。ひどい経験でしたが、いい勉強になりました。
詳しくは、メルマガ143号
144号をご覧下さい。

2002年4月25日
来週4月28日〜5月3日に、菅幹事長と一緒に、インドに行ってきます。
2週間前に突然声をかけていただいたので、急な話なのですが、インドに行くことは初めてなので、見聞を広めるために行くことにしました。大国インドの実態を見て、外から日本を考えてこようと思います。

2002年4月16日
先週末は、商法改正で監査制度について質問をしました。アメリカでエンロンが破綻し、アメリカ流の監査制度に疑問がもたれているにも関わらず、そのまま日本に導入することがいいのかどうか。そういう視点で、監査の独立性確保について議論をしました。
・・・と政策もきちんと議論しているのに、マスコミ(テレビ)は伝えません。国民と政治が、マスコミによって、どんどん遠ざけられていると感じています。

2002年4月8日
今、マスコミでは、国会が疑惑追及しかしていないかのような報道がなされています。しかし、それは、マスコミが視聴率に左右されているからです。
今週、私は、4回質疑に立つ予定です。テーマは、地方財政・都市公団改革・地方自治体議員年金・会社法改正です。国家が緊急時にあるときだからこそ、国会でのこのようなきちんとした冷静な議論もマスコミには取り上げてほしいものです。(注:質問回数は結局3回になりました)

2002年4月2日
週末に、ソフトボール大会に出てきました。4試合、フル出場。
3塁打も打てたので、けっこう活躍しました。でも、今は、全身が筋肉痛で、足も組めない・・・。

2002年3月27日
桜がきれいですね。宿舎まで歩いて帰るとき、桜並木を歩くと、とても心がしみじみして安らぎます。司法浪人のとき、京大法学部の中庭の桜を見て、心が和みました。桜を見ると、そんな日々を思い出します。

2002年3月18日
本日(3/18)、沖縄振興特別措置法について質問をしました。
尾身浩次・沖縄北方担当大臣と議論したのですが、「人材を沖縄に集める」という方針が一致したので、盛り上がりました。かなり積極的な答弁が引き出せたので、うれしかったです。やはり、大臣も人の子。厳しく責めるばかりが方法ではありません。

2002年3月11日
先週末にかけて、たくさんメルマガを発行しました。国会議員は、やはり、情報を発信していく必要があると思い直しました。特に、寺の問題は、上京してさっそく文化庁に問い合わせをしました。

2002年3月6日
鈴木宗男議員の疑惑を巡る報告書が、外務省から提出されました。
外務省がサイトに載せないといっていたので、民主党としては、いち早く公開すべきとして、私の事務所でスキャナで読み込み、PDF化して、民主党のサイトに載せました。
http://www.dpj.or.jp/seisaku/gaiko/suzuki_giwaku/siryou.html
そうすると、外務省もサイトで公開してしまった・・・。スタッフに徒労感が残っています・・・。

2002年2月26日
民主党の調査団の一行として、沖縄に行ってきました。基地の整理・統合・縮小の必要性と共に、基地で生活をしている人たちの本音との狭間で、問題解決の難しさを実感して帰ってきました。
自分たちの世代の問題として、たゆまずに取り組んでいかなくてはならない、と大きな宿題をもらったような気がしています。

2002年2月18日
三月末の金融危機が言われはじめました。金融危機が回避されることを私は祈っていますが、もしもの時には日本国民全体が覚悟を強いられることになります。
私は、破綻しそうな金融機関には公的資金を投入して、その代わりに経営者にはきちんと責任を取って辞めてもらうことが必要だと考えます。その結果、銀行を一時国有化することもありえますが、そのことできちんと利益を出している中小企業にお金がまわるしくみができれば、企業の連鎖倒産も防げ、投入した公的資金も回収できるようになります。

2002年2月12日
小泉改革が後退し、日本の構造改革を進めるには、民主党がもっと頑張らなくてはならない、という思いを強くしています。衆議院の300選挙区に候補を立てるための努力を加速しなければなりません。リクルート活動を頑張らないといけないな、と思っています。

2002年2月5日
今週から、平成14年度の予算審議がはじまりました。
小泉首相の施政方針演説は、トーンがダウンし、抵抗勢力との妥協が進んでいることが明らかになりました。やはり、自分たち民主党こそが頑張らないと日本は変わらないな、と気持ちを新たにしました。

2002年1月28日
国会がはじまったので、平日は東京にいるのですが、週末は、地元に帰って、いろいろな人の話を聞きに回っています。先週末は、軟式野球の国際化、JRローカル線の合理化問題、大和都市管財事件、などについて意見をうかがってきました。また、地元でヤマト運輸が起こした交通事故についてもメールをもらいました。司法制度の現状や、郵政の民間開放や民営化とも絡んで、運送と安全性の問題は総務委員会でも取り組まなくてはならない課題なのかな、と感じています。

2002年1月22日
今週から154回通常国会がはじまりました。
普通のパターンでは、通常国会のはじめに総理の施政方針演説があるのですが、今回の通常国会では2次補正予算が先にあるので、施政方針演説は、来週以降になりました。補正予算の財源は、NTT株の売却益から借りるということですので、「隠れ借金」です。国債発行を抑えても、違うところから借金したら同じことです。しかし、そういうことはあまりマスコミが伝えないので、あまり知られていません。残念なことです。

2002年1月15日
生駒市長選挙がはじまりました。現職市長と共産党推薦候補の2名による選挙です。一票の効果を思うとき、投票率が気になります。

2002年1月7日
あけましておめでとうございます。
私の年末年始は、自宅の自室の整理に明け暮れました。5月に買ったプリンターをやっとパソコンに接続できました。本棚も2つ新しく組み立て、少し使いやすい部屋になりました。しかし、まだまだ整理しなくてはいけない書類が残っている・・・。皆さんは、いかがお過ごしになりましたか?